エレコット

自分の挑戦を社会に還元したい(意識に行動が付いてこない…)

雑記

公認会計士試験から撤退して得たもの、失ったもの

2018/08/21

会計士受験あるある:答練と教材の束が部屋を埋め尽くす

失敗者は概して静かに,いつの間にか消えているものだ。

この間まで私が勉強していた公認会計士試験も例に漏れず,データとしては受験者全体で合格できる者はかなり限られているが,Twitterなどで流れてくる情報では,受験生のほとんどが合格者という状態だった。

そういう意味で,私は「見えないマジョリティ」側の試験撤退者になった。受験遍歴は以下。

・大学2年の1月に簿記3級から勉強開始
・大学3年の12月に短答試験落ち
・大学4年の5月に短答試験合格 & 撤退

以下,撤退後の心境や環境についてざっくばらんに自分語りをする。
もし誰かが参考にしてくれるなら嬉しい。

撤退理由

撤退理由は小さな不満の積み重ねなので,割とボンヤリしている。
「予備校が遠くて通いたくなかった」とか,「家庭的な圧力に耐えられなかった(何で大学4年なのに就活してないの?笑)」とか,「競争に疲れた」とか,「記憶偏重な試験内容に嫌気がさした」とか。

ただ,一番の撤退理由は「ワクワクしなくなった」ことだと自己分析している。
「試験勉強」「資格そのもの」「公認会計士の仕事」のすべてについて,勉強開始前と比べワクワク感が薄れた。
「受験予備校のパックの申し込み時に聞いていたキラキラした会計士とのイメージ」と,「学習を進めるにつれ解像度が上がってくる会計士の実態」の間で乖離が大きくなっていった。

公認会計士という奇妙な職業

公認会計士の職業が特殊なのは,「子供の頃から憧れて会計士になった」というような人はまず存在せず,「ネームバリュー・年収」からそれが選択される点だ。

受験勉強を始めた頃の私も同様で,会計士試験を「大学受験の延長のようなもの」として捉えている節があった。
人生には何か「画一的な成功の軸」みたいなものがあり,それが勝ち組と負け組を分けているものだと思い込んでいた。
しかし,長期間の受験勉強と同時に色々な経験をしているうちに価値観が変わってしまった。

まず,実際に監査法人で仕事をしていて,地位もお金も持っているはずの公認会計士から「仕事つまらない,きつい,辞めたい[*1]」などマイナスな言葉ばかり聞こえてきた。

[*1] 監査は後追いの仕事でしかないとか,結論ありきの仕事だからつまらないとか,クライアントに嫌がられる仕事とか,飲み会ばっかりだとか,休日出勤ばかりで寝る時間がないとか,組織の体質が古いとか,サラリーマン的な働き方しかできないとか,優秀な人達との競争に疲れるとか,色々聞いたけど私自身が経験したわけではないので熱くは語れない。

監査法人に入っても,3年以内に6~7割の新人が退職してしまうらしい。
地位やお金を求めていた人達も,一度ある程度それらを手に入れてみると,人生を次のステージに向かわせたくなるのだろうと思う。

会計士になることが幸せか分からない…

また、私は大学で会計とは畑違いの理系分野を専攻していたため「それなりの就職先」には困るような状態ではなかったし,趣味の延長線上でスモールビジネスみたいなことも上手くやっていた。
そういった環境も相まって,人生に対する単一的な考えが薄れていった。

「地位や収入」だけが人生を左右するパラメータではなく,幸せの価値観がもっと複雑に乱れていると実感してきた。
「漁師とMBAのコピペ」に似た話があるが,会計士の資格から地位や収入を得て間接的に幸せを求めるよりも,直接的に幸せが手に入る生き方ができるという価値観になっていた。

そういう意味で,私は会計士試験のフィールドで敗者になったが,人生に負けたとは決して思っていない。
会計士の安定的な収入を失ったかもしれないけど,それに安住するにはまだ私は若すぎた。
現状の「ワクワクすること」をただ続けるだけで,そういったものが付いてくる道筋は自分なりに見えている。

試験撤退後に就活しました。

形として資格は手元に残らなかったが,一定期間何かに本気で取り組んだ経験は,今後どういう形でも役立つはずだと思う。
私は会計士受験の勉強を始めたとき,取得単位的に大学も留年しかねない状況だったが,リスクヘッジだったはずの会計士試験を通して,意識や環境が整い相乗的にすべてを良い方向に向かわせることができた。

また,5月27日の短答式試験が終わって6月から就活を始めてみた。
結果,ITコンサルや会計コンサルなどの内定も貰えて,とりあえずマーケティングの仕事に就くことにした。
最大瞬間風速的にかなり過密にスケジュールを入れて就活ができたが,これも会計士の勉強を経験していなかったらメンタル的に無理だったかもしれない。

一介のサラリーマンになってしまう不安もあるけど。。。

就活は想像していたよりも戦いのレベルが低かった。
短答後の6月まで就活しているような学生は,一般には何ヶ月も就活していて成果が出せていない人達だ。
みんな疲弊しているし,何よりぱっと見で「ヤバそう」な人が多かった。
そのため,短答が終わったばかりの会計士受験生でも強気でやっていけると思う。

会計士の勉強をしていたことと,それを辞めたことに関しては,話の切り口や受け手側の価値観によって評価が180°変わった。
どちらかというと,試験勉強をしていた経験は直接的なアピールポイントにせず,別の話にそっと添えるだけにするのが良いと思う。

就活を通して感じた会計士

就活を通して私は初めて生の社会に触れたが,会計士資格の力は他人の価値観で生きる上では思っていた以上に強いように感じた。
どこの会社も,社外役員から監査役・取締役など「雲の上の人」には大抵1人は会計士の資格保有者がいた。

特に社外取締役に関しては,実働時間がほとんどないため不労所得が入ってくるようなものらしい。正直羨ましい。
無資格の人よりも「専門的な知見から~」みたいな理由で単純に役員に選任しやすいのだと思うけど,もしかしたら今の私には理解できないほどの何か(実力差や既得権益?)が有るのかもしれない。

個人の価値観で考えるにしても,「転勤がない」とか「仕事をやめても肩書きが残る」とか,勉強中は案外見えていなかった公認会計士の利点を感じることがあった。

会計士試験から撤退して失ったもの

履歴書にも書けないただの紙っぺらだけど,やっぱり嬉しい

0か1かで言ったら,資格は無いよりも有ったほうがいいのが当たり前だ。資格そのものにはメリットしか存在ない。
本当にすべき検討は,資格をとる過程で失うものを資格と天秤にかけることだった。

P/L的な意味では,会計士試験で労力,時間,金銭を失った。
BS的な意味では,負債を背負った。「途中で何かを投げ出した」という記憶から逃れられなくなった。

一生監査法人で働くつもりはなかったし,補修後終了後にしても,論文合格後にしても,逃げるならできるだけ早く逃げたほうがリスクが小さいと撤退前は判断していたのだけど,実際に勉強をしなくなってみて3ヶ月経った今,かなり後味が悪い。
今後何を始めるにしても,この脳裏に焼き付いて消えない「何かから逃げた記憶」を背負っていくのだと思う。

また,こういう大型の資格の勉強をすると,どうしても深いことを考える時間がとれなくなる。
「そんなことしてる暇があったら勉強しないと」という衝動に駆られるからだ。
私自身,12月の短答に落ちた時点で大学の研究室との両立の関係で論文試験に受かるのは厳しい状況だったが,なかなか撤退の決断ができなかった。

走り始めると止まれなくなってしまうのだから,始める前には最低でも1ヶ月程度は会計士になりたい動機を固めておいたほうが良かったと思う。
私は会計士試験の勉強を始めた動機がかなり曖昧だったため,嫌な思いをしてまでキツい場面をやり抜く理由が途中で見えなくなってしまった。

まとめ

受験は,「人生」なんて壮大なことを考えずに盲目的に眼の前にあるものをこなしていったほうが成功するものだと思う。
そういう意味で,私は数年を掛けて1つの資格取得を目指すには,物理的にも,精神的にも多くのものを持ちすぎていた。
勝負を挑んだ時点で詰んでいたのかもしれない。

色々書いたが,受かる見込みがなくなってしまった資格試験について,後付でそれらしい理由を考えただけなのかもしれない。
勉強を始めたのがもう1年早ければダラダラと受験を続けていたと思うし。
自分のことは自分でも全然分からない。

受験生の中でもアブノーマルな立場だったかもしれないので,私の経験がどれほど役に立てるかはわかりませんが,何か聞きたいことや,お叱りの言葉などあれば是非下のコメント欄でお待ちしております。

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