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公認会計士 試験撤退で得たものと失ったもの。その後の就活

2019/11/04

会計士受験あるある:答練と教材の束が部屋を埋め尽くす

失敗者は概して静かに,いつの間にか消えているものだ。

この間まで私が勉強していた公認会計士試験も例に漏れず,データとしては受験者全体で合格できる者はかなり限られているが,Twitterなどで流れてくる情報では,受験生のほとんどが合格者という状態だった。

そういう意味で,私は「見えないマジョリティ」側の試験撤退者になった。受験遍歴は以下。

・大学2年の1月に簿記3級から勉強開始
・大学3年の12月に短答試験落ち
・大学4年の5月に短答試験合格 & 撤退

短答合格後に論文から逃亡して撤退という感じです(正確には、撤退後にたまたま短答合格してた)

撤退理由

一番の撤退理由は「ワクワクしなくなった」ことだと自己分析している。
「勉強の内容」「資格そのもの」「公認会計士の仕事」すべてについて,勉強開始前と比べワクワク感が薄れた。
「受験予備校のパックの申し込み時に聞いていたキラキラした会計士とのイメージ」と、学習を進めるにつれ解像度が上がってくる会計士の実態に乖離が大きくなっていった。

とはいっても、撤退は小さな不満の積み重ねなので本当の原因は割とボンヤリしている。
「予備校が遠くて通いたくなかった」とか,
「家庭的な圧力に耐えられなかった(何で大学4年なのに就活してないの?笑)」とか,
「競争に疲れた」とか,
「記憶偏重な試験内容に嫌気がさした」とか…

公認会計士という奇妙な職業

公認会計士の職業が特殊なのは,「子供の頃から憧れて会計士になった」というような人はまず存在せず,「ネームバリュー・年収」からそれが選択される点だ。

受験勉強を始めた頃の私も同様で,会計士試験を「大学受験の延長のようなもの」として捉えている節があった。
人生には何か「画一的な成功の軸」みたいなものがあり,それが勝ち組と負け組を分けているものだと思い込んでいた。

しかし,長期間の受験勉強中に色々な経験をし、わりと価値観が変わってしまった。

まず,実際に監査法人で仕事をしていて,地位もお金も持っているはずの公認会計士から「仕事つまらない,きつい,辞めたい[*1]」などマイナスな言葉ばかり聞こえてきた。

[*1] 監査は後追いの仕事でしかないとか,結論ありきの仕事だからつまらないとか,クライアントに嫌がられる仕事とか,飲み会ばっかりだとか,休日出勤ばかりで寝る時間がないとか,組織の体質が古いとか,サラリーマン的な働き方しかできないとか,優秀な人達との競争に疲れるとか,色々聞いたけど私自身が経験したわけではないので熱くは語れない。

監査法人に入っても,3年以内に6~7割の新人が退職してしまうらしい。
地位やお金を求めていた人達も,一度ある程度それらを手に入れてみると,人生を次のステージに向かわせたくなるのだろうと思う。

会計士が人生の回り道になる可能性

私は大学で会計とは畑違いの理系分野を専攻していたため「それなりの就職先」に困る状態ではなかったし,趣味でスモールビジネスみたいなこともそれなりに上手くできていた。

そういった環境も相まって,人生に対する単一的な考えが薄れていった。
「地位や収入」のみが人生を左右するパラメータではなく,幸せの価値観がもっと複雑に乱れていることを実感できた。

「漁師とMBAのコピペ」に似た話があるが,会計士の資格から地位や収入を得て間接的に幸せを求めるよりも,直接的に幸せが手に入る生き方ができると、私は本気で考えている。

自分なりには、現状の「ワクワクすること」をただ続けるだけで地位や収入も付いてくる道筋が見えている。

そういう意味で,私は会計士試験で敗者になったが,人生に負けたとは決して思っていない。
会計士の安定的な収入を失ったかもしれないけど,それに安住するにはまだ私は若すぎた。

試験撤退後に就活しました。

形として資格は手元に残らなかったが,一定期間何かに本気で取り組んだ経験は,今後どんな形でも役立つはずだ。
私は会計士受験を始めたとき,大学も留年しかねないような取得単位数だったが,リスクヘッジだったはずの会計士試験を通して,意識や環境を相乗的に良い方向に向かわせることができた。

また,5月27日の短答式試験が終わって6月から就活を始めてみた。
結果,ITコンサルや会計コンサルなどの内定も貰えて,とりあえず以前から興味のあったマーケティングの仕事に就くことにした。
(監督のような立場でなく、ビジネスの当事者として経験を積みたかった)

最大瞬間風速的にかなり過密にスケジュールを入れて就活ができたが,これも何かに集中して取り組んだことがなければメンタル的にきつかったかもしれない。

一介のサラリーマンになってしまう不安もあるけど。。。

就活は想像していたよりも戦いのレベルが低かった。
短答後の6月まで就活しているような学生は,一般には何ヶ月も就活していて成果が出せていない人達だ。
みんな疲弊しているし,何よりぱっと見で「ヤバそう」な人が多かった。
みんな働くことが好きじゃないんだと思う。会計士受験生のようなある程度の意識の高さを持つ人達とは別の種族だった。

そのため,12月の短答に失敗しても(選考の早い業界を目指すのでなければ)安心して勉強を続けていいし、短答が終わったばかりの会計士受験生でも強気でやっていけると思う。

会計士の勉強をしていたこと&それを辞めたことに関しては,話の切り口・受け手側の価値観によって評価が180°変わった。
どちらかというと,試験勉強をしていた経験は直接的なアピールポイントにせず,別の話にそっと添えたときのほうが良い反応をされた。

就活を通して感じた会計士

就活を通して私は初めて生の社会に触れた。
そこで、他人の価値観で生きるうえでは会計士資格の力に想定していた以上の強みを感じた。

私が出会った会計士資格の保有者達は、「他人からの見てくれを良くするため」、「他人から褒められるため」、「他人から高い評価を得るため」みたいな評価軸では、明らかに試験の難易度以上の評価を受けていたし、どこの会社にも,社外役員から監査役・取締役など「雲の上の人」には大抵1人は会計士の資格保有者がいた。

特に社外取締役に関しては,実働時間がほとんどないため不労所得が入ってくるようなものらしい。正直羨ましい。

人の能力は定量的に測りにくいため、資格があるだけで分かりやすく「専門的な知見から、どうたら」みたいな理由で役員に選任しやすいのだろう。

他人の評価に限らず、個人の価値観で考えるにしても「転勤がない」とか「仕事をやめても肩書きが残る」とか,勉強中は案外見えていなかった公認会計士の利点を感じることがあった。

会計士試験から撤退して失ったもの

履歴書にも書けないただの紙っぺらだけど,やっぱり嬉しい

0か1かで言ったら,資格は無いよりも有ったほうがいいのが当たり前だ。資格そのものにはメリットしか存在ない。
本当にすべき検討は,資格をとる過程で失うものを資格と天秤にかけることだった。

P/L的な意味では,会計士試験で労力,時間(1,500時間程度?),金銭(約80万円)を失った。
BS的な意味では,負債を背負った。「途中で何かを投げ出した」という記憶から逃れられなくなった。

私は一生監査法人で働くつもりがなかったし,論文合格後にしても,補修所修了後にしても、いずれ別の世界に行こうと思っていた。そして、逃げるならできるだけ早く逃げたほうがコストが小さいと撤退前は判断していた。

実際に勉強をしなくなってみて3ヶ月経った今,かなり後味が悪い。
今後何を始めるにしても,この脳裏に焼き付いて消えない「何かから逃げた記憶」を背負っていくのだと思う。

また,こういう大型の資格の勉強をすると,どうしても深いことを考える時間がとれなくなる。
「そんなことしてる暇があったら勉強しないと」という衝動に駆られるからだ。
私自身,12月の短答に落ちた時点で大学の研究室との両立の関係で論文試験に受かるのは厳しい状況だったが,なかなか撤退の決断ができなかった。

走り始めると止まれなくなってしまうのだから,始める前には最低でも1ヶ月程度は会計士になりたい動機を固めておいたほうが良かったと思う。

私は会計士試験の勉強を始めた動機が曖昧だったため,嫌な思いをしてまで勉強をやり抜く理由が見えなくなってしまった。

まとめ

色々書いたが,受かる見込みがなくなってしまった資格試験について,後付でそれらしい文句を書いただけかもしれない。
サイクルがもう一手早ければ(勉強を始めたのがもう1年早ければ)、ダラダラと受験を続けていたと思うし。

受験は,「人生」なんて壮大なことを考えずに盲目的に眼の前にあるものをこなしていったほうが成功するものだ。

そういう意味で,私は数年を掛けて1つの資格取得を目指すには多くのものを持ちすぎていた。
勝負を挑んだ時点で詰んでいたのかもしれない。

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